2021-10-01から1ヶ月間の記事一覧
ノアベルトは問いただすように旅人に言った。世界はボルトだけではなかった。その事実はノアベルトに希望と絶望を与えた。 海を背にして立つ白亜の宮殿、砂漠に眠る地下迷宮、空が零れ落ちたのかと見紛う程澄んだ湖、その近くに住む純朴で優しい村の人々――世…
ノアベルトは問いただすように旅人に言った。世界はボルトだけではなかった。その事実はノアベルトに希望と絶望を与えた。 海を背にして立つ白亜の宮殿、砂漠に眠る地下迷宮、空が零れ落ちたのかと見紛う程澄んだ湖、その近くに住む純朴で優しい村の人々――世…
第10節 「お魚を分けて下さい。」 シャルロッテが言うと、漁港に停まった船の上で網の手入れをしていた漁師は、姉弟には目もくれず黙って船上の一角を指差した。そこには市場で売れない未利用魚が入ったバケツがあった。 「…全部持ってて良いですか?」 シャ…
第10節 「魚を分けて下さい。」 ローベルトが言うと、漁港に停まった船の上で網の手入れをしていた漁師は、兄弟には目もくれず黙って船上の一角を指差した。そこには市場で売れない未利用魚が入ったバケツがあった。 「…全部持ってて良いですか?」 ローベル…
第9節 早朝、目を覚ましたシャルロッテはすぐに裏の井戸に水を汲みに行った。弟と旅人はまだそれぞれの寝床で寝息を立てている。見上げた薄紅色の空には、月が残っていた。 彼女は井戸の縁 (へり) に腰をかけ、前掛けのポケットから本を取り出した。――『砂…
第9節 早朝、目を覚ましたローベルトはすぐに裏の井戸に水を汲みに行った。脇には、一冊の本を抱えている。弟と旅人はまだそれぞれの寝床で寝息を立てている。見上げた薄紅色の空には、月が残っていた。 彼は、井戸の縁 (へり) に腰を降ろし、持って来た本…
第8節 喉が渇いた。 部屋は薄暗い。既に日が沈んでいるのだろう。 ミッシェルは枕元に置かれた呼び鈴に手を伸ばしかけたが、止めた。 この家に来て3日――大分身体の痛みも和らいで来て、寝ている分には殆ど何も感じない。 子供達は、ミッシェルが大怪我を負…
第8節 喉が渇いた。 部屋は薄暗い。既に日が沈んでいるのだろう。 ミッシェルは枕元に置かれた呼び鈴に手を伸ばしかけたが、止めた。 この家に来て3日――大分身体の痛みも和らいで来て、寝ている分には殆ど何も感じない。 子供達は、ミッシェルが大怪我を負…
第7節 最後にもう1度、ノアベルトは店の出口で振り返り、申し訳なさそうにお辞儀をした。 「…お前を匿った姉弟って、もしかして…。」 少年に向かって、笑顔で手を振るミッシェルに、フロード――トーマスは尋ねた。 938年、ボルト――。 嵐の過ぎ去った早朝の…
第7節 最後にもう1度、ノアベルトは店の出口で振り返り、申し訳なさそうにお辞儀をした。 「…お前を匿った兄弟って、もしかして…。」 少年に向かって、笑顔で手を振るミッシェルに、フロード――トーマスは尋ねた。 938年、ボルト――。 嵐の過ぎ去った早朝の…
「姉さん?」 宿酒場の手洗いに向かったノアベルトは、店の裏に面した小窓を開け、姉が居るか小声で確認した。 「ノア!」 近くで待機していたシャルロッテは弟の顔を見てホッとした様子で小窓に駆け寄って来た。が、すぐに鞄から先程ミッシェルから盗んだ本…
「兄さん?」 宿酒場の手洗いに向かったノアベルトは、店の裏に面した小窓を開け、兄が居るか小声で確認した。 「ノア!」 近くで待機していたローベルトは弟の顔を見てホッとした様子で小窓に駆け寄って来た。が、すぐに鞄から先程ミッシェルから盗んだ本を…
「僕たちが聞いた話だと魔導士としての力は勿論、政治家としても素晴らしい人だって…。アンビッシュの人から見た彼はどんな人?」 アンビッシュ戦後復興の尽力者の1人として、彼の名を挙げる者は国内外でも多い。 「…は、はい…。モリスン様は――。(モリスン…
「僕たちが聞いた話だと魔導士としての力は勿論、政治家としても素晴らしい人だって…。アンビッシュの人から見た彼はどんな人?」 アンビッシュ戦後復興の尽力者の1人として、彼の名を挙げる者は国内外でも多い。 「…は、はい…。モリスン様は――。(モリスン…
第6節 「宿酒場 (ここ) の料理は何でも美味しいけど、おすすめは、この、山鳩のパイシチューですね!」 「鳩…。」 ノアベルトの言葉に3人は顔を引きつらせた。 「え、えーと、アンビッシュは漁業が盛んって聞いたんだけど?」マイルが少年に尋ねた。 「魚…
第6節 「宿酒場 (ここ) の料理は何でも美味しいけど、おすすめは、この、山鳩のパイシチューですね!」 「鳩…。」 ノアベルトの言葉に3人は顔を引きつらせた。 「え、えーと、アンビッシュは漁業が盛んって聞いたんだけど?」マイルが少年に尋ねた。 「魚…
第5節 謁見の予約を終えたミッシェルは、街の掲示板の前にいた。正式な謁見の日時は今日の夕方には決まるだろう。それまでは街の情報収集に時間を費やそう。昼食もまだだ。 掲示板には、魔獣討伐の依頼書から仕立て屋の求人、栄養ドリンクの宣伝まで節操な…
第5節 謁見の予約を終えたミッシェルは、街の掲示板の前にいた。正式な謁見の日時は今日の夕方には決まるだろう。それまでは街の情報収集に時間を費やそう。昼食もまだだ。 掲示板には、魔獣討伐の依頼書から仕立て屋の求人、栄養ドリンクの宣伝まで節操な…
第2節 944年春の終わり――。 その日の朝も彼はテラス席で新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。テーブルにはヴェルトルーナで親しまれている大衆小説――詐欺師フロードの華麗なる冒険・第3巻。彼の上司から“何で鳩が出て来るんだ!?薔薇だけで良いじゃねー…
第2節 944年春の終わり――。 その日の朝も彼はテラス席で新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。テーブルにはヴェルトルーナで親しまれている大衆小説――詐欺師フロードの華麗なる冒険・第3巻。彼の上司から“何で鳩が出て来るんだ!?薔薇だけで良いじゃねー…
第1章『再会』 第1節 開花したばかりの林檎の花は真っ白ではない。花を裏返すと桃色の斑模様がある。この色が付いてる部分は蕾の時に外気に触れている箇所だ。それが徐々に退色し、白くなるのだ。それは、承認欲求と劣等感の塊のような問題児や腕白小僧が…
第1章『再会』 第1節 開花したばかりの林檎の花は真っ白ではない。花を裏返すと桃色の斑模様がある。この色が付いてる部分は蕾の時に外気に触れている箇所だ。それが徐々に退色し、白くなるのだ。それは、承認欲求と劣等感の塊のような問題児や腕白小僧が…
第8節 ルカが甲板に出ると、懐かしい曲が耳に入って来た。 穏やかな曲だが、何処か郷愁を感じさせる。 「(違う世界の曲なのに心に響く感覚は変わらないんだな――。)」 音楽が聴こえて来る方へ進むと、奏者は船尾に繋がる階段に腰を下ろしていた。肩には鳩を…
第8節 ルカが甲板に出ると、懐かしい曲が耳に入って来た。 穏やかな曲だが、何処か郷愁を感じさせる。 「(違う世界の曲なのに心に響く感覚は変わらないんだな――。)」 音楽が聴こえて来る方へ進むと、奏者は船尾に繋がる階段に腰を下ろしていた。肩には鳩を…
第6節 「シャルロッテ・ゲッペウスは陛下に何と言ったのだろう?」 ブリットの話を聞き、デュルゼルは呟いた。 「すみません…。口元を手で隠され、読唇も出来ませんでした。」 申し訳なさそうに言うブリットに、デュルゼルは慌てて自分の意図を弁明する。 …
第6節 「ローベルト・ゲッペウスは陛下に何と言ったのだろう?」 ブリットの話を聞き、デュルゼルは呟いた。 「すみません…。口元を手で隠され、読唇も出来ませんでした。」 申し訳なさそうに言うブリットに、デュルゼルは慌てて自分の意図を弁明する。 「…
やがて―― 「相分かった。シャルロッテ・ゲッペウス、楽にせよ。」 フォルティア国王ルドルフの声が厳かに響き渡った。 その言葉にブリットは剣を収め、息を整える。女は立ち上がり、先程自分が杖を置いた場所に戻った。 「…他に何かあるか?」 女が杖を拾い…
やがて―― 「相分かった。ローベルト・ゲッペウス、楽にせよ。」 フォルティア国王ルドルフの声が厳かに響き渡った。 その言葉にブリットは剣を収め、息を整える。男は立ち上がり、先程自分が杖を置いた場所に戻った。 「…他に何かあるか?」 男が杖を拾い上…
第5節 「近くに落ちましたね。」 静寂は女の声で破られた。同時にブリットは我に返る。「びっくりしましたね」女は彼に同意を求めるように笑い掛けると、またルドルフ王に視線を戻した。 「私は、シャルロッテ・ゲッペウスと申します。旅の魔術士でございま…
第5節 「随分と近くに落ちましたね。」 静寂は男の声で破られた。同時にブリットは我に返る。「いやはや、驚きました。」男は彼に同意を求めるように笑い掛けると、再びルドルフ王に視線を戻した。 「私は、ローベルト・ゲッペウス。旅の魔術士でございます…