アメンボの倉庫

!ご注意!オリ主の登場する二次創作の小説等を置いています。

第1章⑭_ver.男性主人公

第12節

 死は平等だ。そして人間は、死んでから漸く平等になれる。賢も愚も、美も醜も、善も悪も、人気者も除け者も――。今は等しく土の中に埋まっている。きっと魂も皆同じ場所に還るのだろう。
 墓地の長椅子に座るローベルトは、弟が苦心して作ったサンドイッチを頬張りながらベロニカの花の間を飛ぶミツバチを見ていた。
以前、ミツバチを見かけたら妹からの何かしらの合図と思った方が良い、と、ノアベルトは言っていたが――。
「(…なるほど。…さっぱりわからん…。)」ミツバチを観察しながらローベルトは思った。
 ローベルトがサンドイッチの最後の一口を胃に収めると、ミツバチも花の蜜に満足したのかどこかへ飛び立って行った。ふと、墓地の入り口からノアベルトが入って来るのが見えた。
「ノア!」
「…。」
どうにも弟の様子がおかしい。彼は胸に何かを抱えて、黙って兄の待つ石の長椅子の方にやって来た。
 ローベルトは椅子から立ち上がり弟を出迎えた。
「おかえり。…どうした?」
「…。」
アベルトは、おずおずと胸に抱えていた物を兄に見せた。先程ローベルトが盗んだ本だった。
「返せなかったのか?そんなの気に…」
アベルトは、首を横に振った。そして、
「…くれたんだ。」
と小さな声で言った。

 振り返ったノアベルトの目に、自著をパラパラと捲るミッシェルの姿があった。
「――傷も折れ目もない。とても丁寧に扱ってくれたのですね。」
彼は独り言のように呟いた。
「…え?」
バレたのだろうか?ノアベルトは固唾を飲み込む。
 本を閉じたミッシェルが顔を上げ――にっこり笑い、本をノアベルトに差し出して言った。
「貴重な情報のお礼です。良かったら一冊受け取って下さい。」
「え?で、でも、それ、宮廷魔導士様に渡すんじゃ…。」
アベルトは戸惑いながらミッシェルに尋ねると、
「大丈夫ですよ。もう何冊かありますし。」
と言って、店に到着したばかりのフロードの方を見た。
「ああ、お前等の荷物は全部借家に運んどいたぜ!」
断る理由がなくなってしまったノアベルトは、ミッシェルから本を受け取り、
「……。あ、ありがとうございます。…わ、わぁ、魔法の本だ!嬉しい!」
と、なるべく高いトーンで喋るよう気を使いながら今初めて本を見たように装った。
「喜んでもらえて嬉しいです!…それにしても君達がこの本の、故郷ティラスイール最初の読者になるなんて…感慨深いものがありますね…。」
目にうっすら光るものを浮かべ、何やらぶつぶつ言っている男を無視し、
「ほ、本当に、こんな貴重な物をありがとうございますッ!で、では皆さん、機会がありましたらまたお会いしましょう!」
と、ノアベルトは挨拶をし、足早にその場から離れた。店を出る時、もう一度振り返りお辞儀をすると、カスタネットの妖精は満面な笑みを浮かべ彼に手を振っていた。

 「ふーん、ラッキーじゃん。」
弟の話を聞き、後から来た仲間が本を追加で持って来てくれたので情報提供者の親切な地元の少年に一冊プレゼントした――ただそれだけの話。と、ローベルトは解釈した。
「…僕、なんか、最初からバレてた気がするんだ。」
俯きながらノアベルトは言った。
 言われてみればローベルトにも思い当たる節はある。あの男の鞄から本を盗んだ時、道を塞ぐように自分の前に立った彼の仲間の2人とか…。
「ロロは何て言ってる?」
「お昼寝してる…。」
「ロロぉ~…。…ノア、心配するな、バレてない!お前の演技は完璧!
 それに、仮にバレてたとして何の問題がある?お前も俺も無傷でティラスイールでは希少な魔法の呪文が書かれた本を手に入れた!それで良いじゃないか!」
 敢えて騙されて何もしないどころか過剰とも思える返礼まで渡すとはどう言う事だ?自分の提供した情報はそこまでの価値はない筈だ。相手の目的が分からず、ノアベルトは手放しで喜べなかった。
「考え過ぎだよノア!どうせもう会う事もない奴等だ。忘れろ忘れろ!」
「……。」
「もしかしたら日頃頑張ってる俺達への本物の妖精さんからのプレゼントかもよ?折角だからゆっくり読もうぜ!お、魔法理論とかも載ってる…応用力が付けばもう本を盗まなくても良いかもしれないぞ!」
そう言いながらローベルトがパラパラと本を捲ると、一枚の紙片が地面に落ちた。何か手書きで書いてある。彼がそれを拾い上げ読もうとすると、隣からノアベルトも覗き込んで来た。

 『暫くアンデラに滞在するつもりです。
 2人とも本を読んで解らない箇所があったら遠慮せずいつでも訪ねて来てくださいね。
 (※借家らしき住所※)
 ミッシェル・ド・ラップ・ヘブン
 追伸:私が持っている文献で気になる物があればお貸ししますので、こう言った違法行為は今後自重しましょう。』

「「…バレてる…!」」

 同時刻、アンデラ城下町宿酒場――
「――ご都合如何でしょうか?」
近衛隊長クロワがミッシェルに尋ねた。
「クロワ隊長、ありがとうございます。明日の件、承知致しました。とモリスン様にお伝え願えますか?」
「承りました。つきましては明日、お時間の少し前にお迎えに上がりたいと存じておりまして、御宿泊先はお決まりでしょうか?」
「アンデラには数ヶ月程滞在する予定なので…」と、ミッシェルが借家の住所を書いたメモを彼女に渡すと「かしこまりました。それでは、明日お迎えに上がります。」と、部下を引き連れ店を出て行った。
 クロワの姿が見えなくなり、ミッシェルが座り直すと、「なんとも仰々しいが…良かったな!思ったより早くて!」と、トーマスは言った。
「ええ。」
思ったより早い――しかし、早く進められるものは早く進めた方が良い。この世界に時間がどれ程残っているのか、解らないのだから。