アメンボの倉庫

!ご注意!オリ主の登場する二次創作の小説等を置いています。

第1章⑪_ver.男性主人公

 ノアベルトは問いただすように旅人に言った。世界はボルトだけではなかった。その事実はノアベルトに希望と絶望を与えた。
 海を背にして立つ白亜の宮殿、砂漠に眠る地下迷宮、空が零れ落ちたのかと見紛う程澄んだ湖、その近くに住む純朴で優しい村の人々――世界は広く深く美しい――筈なのに…。
 貝の殻剥きで荒れた自分の手をノアベルトは見つめた。兄弟は魚を分けてもらう代わりに時折港町で貝の殻向きや魚の加工を手伝っていた。
 ボルトの大人達は自分達に意地悪をしない。しかし、違う存在として扱い、見下している。これは同年代の子供達の反応から伝わって来る。感謝が足りない、とジェネは言った。そうだろうか?少なくとも彼女より自分の方が謙虚だし、世界にずっと恋焦がれている。
 いや、規格内で生まれて来た彼女には解らないのだ。世界に恋焦がれると言う気持ちが。彼女はただ生きているだけで、世界に抱き締められている。もしかすると、抱き締められている事実にすら気付いていないのかもしれない。
 旅人の語る世界は美しい。しかし、実際、自分の目にするものは町の人々の冷たい背中であり、耳にするものはジェネの嘲りであり、手にするものは、冷水による悴けと魚の鰭や小刀による切り傷だ。
 自分はこの先ずっと楽しく美しい世界を外側から見つめる事しか出来ない存在なのかもしれない。旅人の話を聞いた後、現実に晒される度にそう思えてならない。美しいものを知らなければ美しいと言う概念すら持たずに済んだのに。
「…こんなに苦しいなら、僕は何も知らないままの方がよかった…!」
アベルトはそう言うと、旅人の膝の上から降り、その場でしゃがみ込み泣き出した。そして、意識的なのか無意識的なのか兄の名前を呼んだ。
「ロビィ!ロビィ!」
兄が駆け寄ってくると、自分の頭を撫で続ける旅人の手を振り払い、兄の胸に飛び込み、そのまま泣き続けた。幼い彼の心は混乱していた。

 「ごめん。弟の言った事は気にしないで。ちょっと疲れてるだけなんだ…。」
そう言った兄にミッシェルは今日何があったのか尋ねた。大方彼の予想通りだった。
「君はどう思ったの?」
ミッシェルは兄に聞いた。
「魔術士の遺児だから仕方ないって思ってる。誰だって自分の知らないものや、自然や気心の判らない他人…自分だけではコントロール出来ないものが怖いんだ。ノア、お前だってこの人が来た時怖がってただろ?」
兄は自分にしがみついてる弟に視線を落として言った。弟は黙ってすすり泣いている。
「もしかしたらその知らない何か、コントロール出来ない何かが、自分達の世界を滅ぼしてしまうかもと不安になるんだ。何かある前にそれを取り除こうとする。
 けど、彼等も自分達の世界や、そこで生活する大切な人を守ろうとしているだけで、ひどい人達ではないんだ。…優しい人達なんだよ。」
兄の言う世界とは人々の日常生活や共同体の秩序等を指しているのだろう。
 「でも、こう思う時もある。魂は永遠だろ?」
ティラスイールの一般的な死生観として肉体は滅んでも魂は滅びないと言う考えがある。
「この世なんて魂が一時的に集まる場所に過ぎない。つまり、大切なのは魂であって現世 (世界) じゃない。けど多くの人は世界の為にいがみ合ってその魂を傷付け合ってる。それは良くない事だって。
 確かにこの世は面白い物もたくさんあるよ。けど、そこまで、執着する必要もない。今の世界が壊れたっていずれ新しい世界が出来る。」
「何故そう思うの?」
「…ラウアールの波を知ってるでしょ?でも何で、人はその波が世界を滅ぼす事を知ってるの?
 生き残った人がいたから?けど、こうも考えられない?…ラウアールの波に滅ぼされた世界の光景を人々の魂が覚えていたからだって。この世界の人々は、この世界が出来る前に存在した、滅んだ世界の人々の生まれ変わりかもって。」
それは子供の妄想に過ぎない。だが、問題はそこではない。
「…なるほど。だから、世界は壊れてしまっても問題ないと、君は思うんだね?」
「…………そうだよ。……俺の事、嫌な奴って思った?」
最後、伏し目がちに子供は付け加えた。それが悪い考えだとこの子供は思っているのだろう。ミッシェルは首を横に振った。
 世界を憎む兄と世界に絶望する弟――。

――この子達に今出来る事は…いや、この子達に限らず、今も昔も私にはこれしか出来ないな。

 「少し待ってて。」
ミッシェルは立ち上がり、父親の書斎に戻った。そして机からある物を持って再び兄弟のいる花ござに座った。

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#1 春告の求道者 序章〜第1章_ver.男性主人公 | 春告の求道者_ver.男性主人公 - アメンボ - pixiv