第1章⑥_ver.男性主人公
「兄さん?」
宿酒場の手洗いに向かったノアベルトは、店の裏に面した小窓を開け、兄が居るか小声で確認した。
「ノア!」
近くで待機していたローベルトは弟の顔を見てホッとした様子で小窓に駆け寄って来た。が、すぐに鞄から先程ミッシェルから盗んだ本を出し、ノアベルトに素早く渡した。ノアベルトはそれと交換するように自身の鞄から取り出した紙袋を渡す。
紙袋の中には、ノアベルトが3人の目を盗みながら宿酒場の料理で作ったサンドイッチが入っていた。
紙袋を受け取りながらローベルトは弟に心配そうに尋ねた。
「3人だけど大丈夫か?アレを使った方が良いなら遠慮せずに言えよ?」
「大丈夫だよ!姉さんもついてるし!」
その言葉に、多少の不安は残るが、ローベルトは任せる事にした。
「うーん…。…まぁ、無茶はするなよ?」
「うん!じゃぁ、そろそろ戻るね!」
「気を付けろよ、2人とも。」
はーいと言う返事が聞こえ、そのまま小窓は閉められた。
ローベルトは紙袋を鞄にしまい、店の裏から通りに出ると、そのまま人混みに紛れ、先程の墓所に戻った。
店内に戻ったノアベルトは、暫く3人と世間話に花を咲かせ、隙を見てミッシェルの鞄に彼の本をそっと戻した。
「あ、もうこんな時間だ。僕そろそろ行かないと…。」
ノアベルトは立ち上がり、財布を鞄から取り出す振りをする。すると、
「ああ、ここは奢りますよ。貴重な情報のお礼です。」と、ミッシェルが声を掛けた。
「…よろしいんですか?」
無論、端からそのつもりだ。
「助かります!では、お言葉に甘えて。」
ノアベルトはそそくさと鞄を閉め、荷物をまとめた。その時――。
「待たせたな!」
店に緑色のスーツを着た長髪の男が入って来て4人が囲むテーブルに近付いて来た。男はスーツに似つかわしくない程、日に焼けた肌をしていた。
「(船乗りみたい…)」ノアベルトは男を見て思った。
「フロードさん!」
マイルの様子から先程彼が言っていたもう1人と見て間違いないだろう。
「ん?君は?」
ノアベルトに気付きフロードは尋ねた。
「彼はノアベルト君。ボルトに住んでて、アンビッシュの事を色々教えてくれたんだ。」アヴィンに紹介されて、2人は握手を交わした。
「お会い出来て嬉しく思います…えっと、フロードさんは、伝書鳩を飼ってらっしゃるんですよね?」
「ああ。今も一緒にいるよ。」
そう言ってフロードはスーツの胸ポケットを人差し指で優しく叩き合図を送った。すぐに、ポケットがもそもそ動き、キレイな白い鳩が顔を覗かせた。
「わぁー、かわいいー!触っても良いですか?」「どうぞ。」ノアベルトは人差し指で鳩の頭を撫でると、顔を綻ばせた。すると――
<…あなた、さっきこの店で1番美味しいものは鳩だって言ってなかった?>
幼い姉の呆れ返ったような声が耳元で聞こえた。
「…ありがとうございました。あまりお話出来なかったのは残念ですが、またの機会に。」
「ああ、また今度な!」
ノアベルトが今度こそ立ち去り掛けた時、
「ノアベルト君。」今度はミッシェルが彼を引き止めた。
振り返ったノアベルトの目に、自著をパラパラと捲るミッシェルの姿があった。
「――傷も折れ目もない。とても丁寧に扱ってくれたのですね。」
大魔導師は独り言のように呟いた。
序章・第1章をまとめて読む→
#1 春告の求道者 序章〜第1章_ver.男性主人公 | 春告の求道者_ver.男性主人公 - アメンボ - pixiv