アメンボの倉庫

!ご注意!オリ主の登場する二次創作の小説等を置いています。

第1章⑫_ver.男性主人公

 彼が持って来た物、それは彼等の父クラウスが作った水魔法を封じたガラス玉の入った木箱だった。ガラス玉は卵大程の大きさで、箱の中に6個入っていた。
 当時、魔法文化が遅れていたティラスイールでは、大魔導師や宮廷魔導士と称される並外れた才能を持つ者以外、所謂一般的な魔術士は、貧しい生活を余儀なくされていた。彼等は魔獣討伐の他に、護符や魔力を封じ込めた武具等を売り、糊口を凌いだ。ミッシェルが持って来たガラス玉も兄弟の父が発明したそう言った物の一つだった。
 この水魔法を封じたガラス玉はヴェルトルーナで一般的に売られている水の手投げ玉に酷似しており、クラウス・ゲッペウスはなかなか着眼点の鋭い人物であったようだ。しかし、残念ながら当時のティラスイールでの売れ行きは芳しくなかった。彼がエル・フィルディンかヴェルトルーナで生まれていれば、彼の人生はまた違っていた事だろう。
 ミッシェルは、これは自分が買い取ると言い、代金を要らないと遠慮する兄に半ば強引に渡すと、6個のガラス玉を花ござの周りに置いた。
 兄と、その腕の中でまだしゃくり上げているが、やや落ち着きを取り戻した弟は、その様子を不思議そうに見守った。
 おそらく、敵の中には魔力を感知し、術者を識別出来る魔術士もいるだろう。だが、対象が目の前にいれば別だが、どんなにその能力に優れ、同じ町の中にいたとしても、術者が術を発動しない限り、人は魔力の感知は出来ても識別までは出来ない。
 ならばこうすれば良い――ミッシェルは目を瞑り、自身の火のエネルギーを高める。――火炎系魔法の前段階だ。すると、先程彼が置いたガラス玉が青白く光り出し、自身の中に封じていた水魔法を、近くに置かれた別のガラス玉に1本の蔦のように伸ばし始めた。こうしてガラス玉同士が互いに連結し合うように伸ばした水魔法の蔦は、3人を囲むように床に六芒星を描き、六芒星はより強く青白い光を放った。
 それは、水魔法の結界だった。
 ミッシェルの火の魔力を感受した水のガラス玉――封じられていたクラウス・ゲッペウスの魔力が、ミッシェルの魔力に対抗する為、自分達の威力を高めようと連結しようとした結果、その置かれた配置によって結界を築いた。この天才にかかれば、術者の意思から切り離された他人の魔力を利用し、自身で術を発動する事なく結界を作るなど造作もない事だった。
 そして、この結界の中でなら、ミッシェルが魔法を使ったとしても敵に感知される事すらないだろう。クラウス・ゲッペウスの魔力が、その死後も彼の子供達を守ることになった。
 自分達の目の前で起こっている現象を呆然と見ている兄弟にミッシェルは尋ねた。
「君達、魔法を見た事は?」
子供達は首を横に振った。
 おそらく、クラウス・ゲッペウスは彼の子供の前で魔法を使う事を避けていたのだろう。苦労を知っている分、我が子を魔術士にさせたくなかったのかもしれない。
 しかし、それは、残念な事だとミッシェルは思う。天から与えられた才能は、人に還元し、世界を回す力とするのが、本来の正常な形の筈だ。その流れをどこかで堰き止めてしまう事は、とても微細ではあるが、世界に歪みを与える。しかし、現実、こう言った事は、至る所で起きている。それが共同体の秩序の観点からは正しいとされる場合もある。もしかすると、自分達の見ている世界は、本来そうであった筈の姿とは別の形のものなのかもしれない。
「…君達には魔法の才能があるよ。1つ、使い方を教えよう。魔法はきっと、君達の人生の、助けとなる筈だから…。」
 そう言ってミッシェルは掌を上にした状態で片手を前に差し出した。そして、そこに集中する。
 光の粒子が彼の掌の上に集まったかと思うと、それは一気に拳大の火球となった――

 ――否、それは小さな太陽だった。西に沈みかける黄金の太陽そのものだ。
 太陽を作り出せるなんて…ノアベルトは声にならない悲鳴を上げ、兄にしがみついた。兄は弟を守ろうと自分の後ろに本能的に隠すように抱き寄せ、その太陽を凝視した。しかし、
「大丈夫だよ。」
声のする方に視線を移すと、いつもの優しい瞳と目が合った。しかし、その青みがかったグレーの瞳は、自分達の所為で今は少し淋しそうに見えた。
「――怖がらないで。」
お願いだから怖がらないで――兄弟はお互いを抱き締める力を緩め、体を離すと、旅人の掌の上に浮く火球を見守った。
 やがて、火球は小回りの螺旋を描くように天井近くまで上昇すると、ボウッと言う音ともに炎に変化し、次の瞬間――
 炎は、踊り子のベールのような長くヒラヒラとした炎の尾鰭と腹鰭を持つ、琉金型の金魚となった。炎の金魚はその美しさを誇るように宙を泳ぎ、やがて兄弟の目の前にふわりふわりと降りて来た。
 その美しさに、ローベルトは思わず手を伸ばした。金魚は、水槽で飼われている一般的な金魚達がそうするように、彼の指先を口先で突いた。
「…熱くない。」
そう言って弟に笑いかけた。兄の笑顔を見て、ノアベルトの表情もパッと明るいものに戻り、彼は嬉しそうに金魚の背鰭を撫でた。
 熱は若干感じるものの、それは火傷を負うような熱さではなく、宙を流動するぬるま湯の中に手を入れているような不思議な感覚だった。

 六芒星を描く水のガラス玉がピシッピシッと音を立てる。
 やはり、ミッシェル自身が最低限に抑えているとは言え、大魔導師の魔力に耐えるのは、このような道具で作った結界では数分が限界だろう。
 ミッシェルは意識から金魚を自分の方に呼び寄せると、兄弟に言った。
「君達を連れて行く事は出来ないけど、きっと、君達は色んな場所に行けるようになる。君達が大きくなって、もっと沢山の魔法を覚えたら――」

 青い水の光りの中で、金魚の赤い尾鰭が旅人の周りに炎の残像を残す。相反する2つの元素の力を自在に操る目の前の男は、一体何者なんだろう?――ローベルトは思った。
 「神様みたい…。」彼の横で弟がそう呟いた。

 「――旅をしてみないかい?
 いつもと違う空、見慣れない木立、街並み。
 それらが映し出す人々の心に勇気を出して触れてみてほしい――。」

 次の瞬間、炎の金魚は消え、父の作った水のガラス玉も、光りを失い、大きな亀裂の入ったただのガラス玉に戻った。
 旅人は言った。
「さぁ、君達の番だ!」