アメンボの倉庫

!ご注意!オリ主の登場する二次創作の小説等を置いています。

第1章⑬_ver.女性主人公

第11節

 「…2人とも大きくなりました。」時が経つのは早い、そうしみじみと語るミッシェルは、父や叔父より祖父の趣きがあった。
「泥棒になってたけどね…。」
「残念ですが、仕方のない事でもあるのです。今のティラスイールで魔術士になるには…。」
 魔術を磨くには本人の魔力の他に、知識を得る為の魔導書も不可欠なのだが、印刷技術も市場もティラスイールにはなく、手に入れるには、魔導師に弟子入りするか、魔導師の抜け道を自力で通りエル・フィルディンに渡らねばならなかった。結局、よほどの実力者か幸運な者以外、多くの者は魔法を学ぶ機会すら当時は巡って来なかったのである。
 魔法の素質があるにも関わらず、魔導師及び魔導士の弟子になれなかった者達、あるいは、何らかの事情で修行を中断せざるを得なかった者達は、高明な魔導師に自著を献本に行く魔術士をしばし襲い、その本を奪った。
「うーん。暴力を振らず本も返そうとするあたりあの2人はマシって事か…。」
 姉弟の犯行は手慣れていたが、あそこまでになるには、危険な目に何度も遭いながら試行錯誤を繰り返したのだろう。出来ればもっと人の役に立つ事にその若いエネルギーを注いで欲しいものである。
「…彼等のような若者の為にも、このティラスイールで魔法を学ぶ場が必要なのかもしれません。」
「さっきのノアベルト君、才能もあるみたいだし、このままだと、なんかもったいないな…。モリスン様は弟子を取ったりしないんですか?」マイルの言葉にミッシェルが答えた。
「かつてはお取りになっていましたよ。
 しかし、お弟子さんの1人と卿のお嬢様が恋仲となり、あげく駆け落ちすると言う事件がありまして、それ以降、取っていらっしゃらないようです。
 …ですが――、私には、その理由がどうにも腑に落ちないのです。何か、話に聞く彼の人物像と異なっていて…。」
宮廷魔導士モリスン卿が評判通りの人物ならば、弟子と娘の密通に多少眉をひそめたとしても最終的には相手方を赦す度量の広さがありそうだが…。よほど手塩にかけた愛娘と目をかけていた弟子だったのだろうか?それとも他に理由があるのだろうか――。
 もう1つ気がかりなのが、アンビッシュにおいての新王国擁立論の風当たりだ。民衆からの人気を得ているモリスン卿であっても新王国擁立論者と言うだけで一気に不評を買ったり、足を引っ張る者が現れる事から見て、アンビッシュ内でのそれはメナートに比べ、はるかに強いようだ。ミッシェルの大志を成就させるには、地理的な観点や過去の確執からも、アンビッシュの後ろ盾が欲しいのだが――。
「いずれにせよ。まずは彼に会ってみない事には何も始まりませんね。」
「面会日時って今日の夕方には決まるんだろ?何日先になることやら――。」
トーマスがぼやいた時、宿酒場にどよめきが起こった。見ると、店の入り口に城の兵士数名が立っていた。武具からして貴人の護衛を担う兵士だろう。兵士達の隊長と思われる人物を見て、トーマスは口笛を吹いた。長い黒髪が美しい、凛とした女性兵長だった。
 兵長は店内を見回し、よく通る声で呼びかけた。
「こちらに、ミッシェル・ド・ラップ・ヘブン様はおられますか?」
「あ、はい、私です。」ミッシェルが立ち上がり返事をすると、彼女は2名の部下を伴い、颯爽と彼の前に歩み寄って来た。店内の視線が2人に集中する。
「ご歓談中失礼致します。私は近衛隊を率いておりますクロワと申します。
 大魔導師ミッシェル・ド・ラップ・ヘブン様、我が王国宮廷魔導士モリスンが、明日、14時よりお会いしたいとのことでございます。」