アメンボの倉庫

!ご注意!オリ主の登場する二次創作の小説等を置いています。

第1章②_ver.男性主人公

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第2節

 944年春の終わり――。
 その日の朝も彼はテラス席で新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。テーブルにはヴェルトルーナで親しまれている大衆小説――詐欺師フロードの華麗なる冒険・第3巻。彼の上司から“何で鳩が出て来るんだ!?薔薇だけで良いじゃねーかッ!”と、一見理不尽過ぎる怒りを買い、そのままゴミ箱に投げ込まれた哀れな本。もったいないと思ったのでこっそり拾って小道具の1つにした。
 ボルトの港町にある小さな酒場、週2日の午前中、例えどんなに風が吹こうが、ここでコーヒーを飲む。これも彼の立派な仕事なのだ。
 「ねぇ――。」
不意に声を掛けられた。新聞から顔を上げると白い襟付きの丈長の黒いワンピースを着た10代半ばの少女が立っていた。
「キャンベル法律事務所のシューベルさんって、あなた?」
「そうですが何か?」
彼はメガネ越しから船着場で培った事務員スマイルを娘に向けた。
「あ、私、さるお方に仕えるメイドなんですけど…」
なるほど。今着ているワンピースの上にエプロンを付けて頭に白いブリムを被れば彼女はメイドだ。
「旦那様がこの手紙をあなたに渡すようにって…。よくわからないけど、自分の名前を出さないようにって…この封筒を渡せばわかるからって…。」
娘はたどたどしく説明する。彼女の年恰好や言葉遣いからして屋敷で働いてから日が浅いのだろう。
 彼はやや厚手の封筒を娘から受け取ると、
「ええ、大丈夫です。ありがとう。ご苦労様でした。」と言い、また新聞に目を落とした。
 高圧的でもなければ気弱でもない。あくまで事務的な対応に取りつく島もない。法律屋さんってみんなこんななのかな?と自分に言い聞かせ、娘はぺこりと頭を下げると、その場を去って行った。
 娘が見えなくなると、男は彼女から受け取った封筒を再び手に取り確認する。――柔らかい。おそらく書面の他に布製の何かが入っている。封印は赤い封蝋のみで、印章は施されていない。そして、差出人どころか宛名すらその封筒には記されていなかった。



第3節

 アンビッシュ王都アンデラは、晩春の昼時と言うこともあり、城下町は一際賑わいを見せていた。
 ギドナの商人、イグニスの登山客、一般の観光客、そして――冒険者
 城の求人は通年行われているが、年に一度、大規模な求人が行われる季節がある。この大規模求人の季節は国によって様々で、冬の寒波が厳しいメナートの場合は夏、フォルティアは国内にある村々で成人の儀式が行われる秋、そしてここアンビッシュは春だ。
 まずは王国の一般兵の募集があり、それが終わると、今度は王侯貴族付の戦士並びに魔術士の募集となる。この時期、騎士の国アンビッシュの王都には、腕に自信のある冒険者が数多く集い、城下町は木々と同じく華やぐ。

 町の片隅に高々と積まれた木箱の上、町を一望出来るその場所から行き交う人々を観察している2人の人物がいた。
 若草色のシャツと白っぽいパンツの上に黒いフード付きの外套を来た青年と、白いシャツと茶色のパンツの上に鮮やかな紫色の外套を羽織った少年。――2人は兄弟だった。
「あのカスタネットの妖精みたいな人は?」
紫の外套の少年は隣に座る兄に耳打ちした。
 黒いフードの青年は、弟が目で指し示した人物を観察する。
「うーん…。」
 魔術士のシンボルとも言える先端が渦巻状の樫の杖を持ち、青いローブに赤いバンダナの、人の良さそうな男。旅人らしく、肩には、大きな鞄を掛けていた。
 兄弟の視線に気付いていないその男は、水路が張り巡らされた美しい街並みを見回しながらのんびりと歩いていた。やがて、アンデラ城の前で立ち止まると城を仰ぎ見、そして、その中へ入って行った。
「よしっ、合格!」
「えへへ~」青年の言葉に紫の外套の少年は得意気だ。そして、
「どっちにする?」と兄に尋ねた。
 青年は少し考える。あの男なら万一バレても弟を殴ったりはしないだろう。
「俺がやる。接待役は任せた。」
青年はそう言うと肩掛け鞄に付けていた2匹の猫のストラップを少年に渡した。



第4節

 一般兵の募集も終わったこの時期、普段であれば当日でも可能な王侯貴族への謁見が数日先の予約制となる。
 アンビッシュ王国宮廷魔導士モリスン卿の謁見もまた、国賓や緊急用を除く、一般枠は数日先まで埋まっている状態だった。
 謁見希望者は、所定の用紙に名前や用件を記入し、本人確認終了後、所定の場所に用紙を投函する。投函された用紙は一定時間を経てリスト化されたものが王や貴族の元へ運ばれ、その重要度に応じて謁見の日時が決まる。
 執務室でモリスン卿は、数枚の書面を難しい顔で見つめた後、筆を持った。暫く執務室には彼が筆を走らせる音だけが聞こえた。迷いが見られないその筆運びは事務的な内容だからなのだろうか。彼が再び筆を置いた時、執務室の扉を誰かがノックした。「どうぞ」卿は書面を封筒に入れながら応じた。
「失礼します。謁見希望者のリストをお持ちしました。」入って来たのは城の事務員のスラブだった。
「ご苦労様。……おや?」
リストに目を通すモリスン卿の顔がにわかに綻んだ。そして、
「君は彼に会ったのかね?」
そう言ってリストの中の1人を指差す。――ミッシェル・ド・ラップ・ヘブン。
「ええ、非常に物腰の柔らかい、丁寧な方で、対応していた我々の事まで気遣って下さいました。」
「そうかそうか…」卿は満足そうに頷くと、
「とりあえず、明日の国賓用の枠に彼を入れておいておくれ。」と、スラブに指示した。
「承知致しました。(…さっきの人、そんなすごい人だったんだ…。)」
「あとは…」
 モリスン卿はリストを見つめながら机の上のアルコールランプで赤と青の封蝋を熱し、ティースプーンの上に紫の封蝋を作っている。紫はモリスン家のシンボルカラーだ。
「(赤が少なくなってるな…買い足さないと。)」
青と比べ、短くなっている赤の封蝋を見てスラブは思った。


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#1 春告の求道者 序章〜第1章_ver.男性主人公 | 春告の求道者_ver.男性主人公 - アメンボ - pixiv