アメンボの倉庫

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第1章⑦_ver.女性主人公

第7節

 最後にもう1度、ノアベルトは店の出口で振り返り、申し訳なさそうにお辞儀をした。
「…お前を匿った姉弟って、もしかして…。」
少年に向かって、笑顔で手を振るミッシェルに、フロード――トーマスは尋ねた。

 938年、ボルト――。
 嵐の過ぎ去った早朝の浜辺には、高波に流されぬよう、前日の内に漁師達が避難させておいた中型漁船が、馬車のように並んでいた。その船と船の間を覗き込むようにして2人の子供が立っている。
 1人は肩の辺りまで伸ばした焦茶色の巻き毛を二つ結いにした10歳くらいの子供。もう1人は7歳くらいで、こちらは肩の辺りまで伸びた髪をそのまま下ろしていたが、その子供の髪は朝日に照らされ、白く輝いていた。 その内の1人、焦茶色の年長者の方が、そこに潜んでいた傷だらけの男に声を掛けた。
「ねぇ、大丈夫?」
可愛らしい顔立ちの子供達で、白い服を着ていたらお迎えに来た天使と間違えたかもしれない。しかし、2人はそれぞれ着古したワンピースに前掛けと、シャツにズボンと言う出立ちだ。どうやら現世の人間らしい。
「少し歩ける?」

 当時、エル・フィルディン、デュシス地方南部では、オクトゥムの使徒が未だ抵抗を続けていた。彼等の説得を試みるルティスに、トーマスとミッシェルが協力を申し入れたまでは良かったが、目障りな協力者が現れた事に逆上した一部の過激派は、かつて、エル・フィルディン の力のある魔術士達が使った“抜け道”を通り、ティラスイールに渡った。
 この抜け道とは、瞬時に別の場所に移動出来る時空の歪みの一種であり、3つの世界それぞれに点在している。しかし、魔女の島現象のように異なる時空間に繋がるものではない。端的に言えば、ティラスイール、エル・フィルディン 、ヴェルトルーナ間を繋ぐ時空の歪み、強力な転移魔法と同等のエネルギーを発する何かが凝縮している場所である。異界の特使が廃止されたのは739年。異界との時間の流れは異なるものの、遅くともティラスイールに記録されている800年以降の異なる世界からの巡礼者はこの抜け道を通って訪れたエル・フィルディン 、ヴェルトルーナの大魔導師ないし魔導師(士)と今日では考えられている。
 この魔力のような何かが凝縮した空間には、もう1つ魔女の島現象とは異なる点があった。それは、大魔導師クラスとまで言わなくとも、高い魔法耐性を持つか、トーマスとルティスのように力のある魔法使いに結界を張って貰うかしない限り、生きて通り抜ける事は出来ないという点だ。
 ティラスイールに渡ったオクトゥムの使徒が何人で、その内の何人が無事に通り抜ける事が出来たか不明だが、ティラスイール側の出口付近に転がる直径30㎝程の赤褐色の歪な毛糸玉のような物体が、紐状に引き伸ばされた後丸められた人間の成れの果てである事に、トーマスとルティスが気付かなかったのは2人にとって幸いだったのかもしれない。
 常人にとってはそれ程危険な行為なのだが、それにもかかわらず、その行為に及んだ過激派のルティス達への憎悪もまた計り知れない。
 生き残った彼等は、ミッシェルが真紅の炎をネガル島に持ち込もうとしている事に目を付け、それを餌にメナートやギドナの有力者を焚き付けた。未知の宝石の生成は、新たな権益を生む――目が眩んだ一部のメナートの貴族とギドナの商人は手を組み、武装集団を編成、ルティス達を襲わせた。過激派の当初の狙い通りになった。
 雲一つないある夜、魔女の塔付近で、武装集団の襲撃に遭い、3人は散り散りに逃げる事になった。しかし、敵は、ルティス達の戦力を大幅に削ぐ為に、初めからミッシェルに狙いを定めていた。彼等は、過去の戦闘からこの大魔導師の転移魔法での移動距離を計算し、予測される地点の何箇所かにあらかじめ伏兵を配備していた。
 土地や天候、相手側の戦力から生じる油断、疲労の蓄積から来る判断力の低下、それらが重なり、ミッシェルは予想外に深傷を負ってしまった。
 武装集団の裏にはメナートの貴族がいる。エル・フィルディンの過激派と違い、貴族に雇われている私兵は、他国領内でそう易々と好き勝手は出来ないだろう。また、ギドナの商人達も、手を結んだメナート貴族や、己の貿易取引国への配慮からそれに追随すると思われる。しかし、メナートに友好もしくは中立的なフュエンテやウドルの場合、貴族間で手を回される可能性は否定出来ない。ならば、50年前の戦争以来同国に警戒心を抱いているアンビッシュ領に逃げるのが得策だ。そう考え、ミッシェルはアンビッシュに向かった。
 転移魔法、伏兵、転移魔法――明け方、ミッシェルはボルトの浜辺に辿り着いた。

 昨夜のボルトは嵐に見舞われたのだろう。朝日が降り注ぐ浜辺はゴミだらけだった。身体が重い。足跡を残さぬよう波打ち際を歩き、ミッシェルは船と船の間に身を隠した。
 魔力はまだ残っていたが、体力に限界が来ていた。
「…修行が足りないなぁ。」彼は自嘲気味に零した。
 寒気がしてきた。せめて止血だけでもしたいのだが…。そんな事を考えていると、遠くから子供の声が聞こえて来た。
「見て!たくさん落ちてる!」
「割れてる物もあるから気を付けてね。」
船を見回りに来た漁師の子供達だろうか?頼むからこっちに来ないでくれ…彼は願った。
 しかし、ミッシェルの祈りに反して、声は段々と近づいて来た――。

 視界にはオレンジと水色の早朝の空。そこにガラガラと車輪が回る音が響く。時折、車輪が道端の小石に乗り上がり背中に小さな振動がガタンと言う音ともに伝わった。
 ミッシェルは朦朧とする意識の中、限られた視界と、辛うじて動かせる手で、自分を運ぶ台車を確認した。どうやら今、自分はドアノブを外した戸板の上に横になっているらしい。そしてその戸板には4枚の車輪が着いている。その1つ、 () の部分に上手い具合に嵌め込まれた1個のビー玉に気付いたのは、少し経ってからだ。
「(ああ、なるほど。アレが原因か。)」
そのビー玉は微量の魔力を放っていた。軽量化魔法――通りで子供2人だけで自分を運べる筈だ。と、前方で台車を引く2人の子供の背中を見上げながらミッシェルは思った。
 2人の家に着くと、父が使っていたと言う寝台に寝かされた。寝台から見える本棚に魔導書が並んでいる事を確認し、彼は確信した。
「(この子達の父親は魔術士か…。)」
運が良かった。先程のビー玉もそうだが、他の魔術士が作った護符や魔法を封じた道具類が側にあることで、自分の魔力が隠れる。やがて、薬草を茹でる匂いが台所から漂って来ると、安堵とともに強い睡魔が彼を襲い、ミッシェルはそのまま意識を手放した。

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序章・第1章をまとめて読む→
#1 春告の求道者 序章〜第1章_ver.女性主人公 | 春告の求道者_ver.女性主人公 - アメンボ - pixiv