アメンボの倉庫

!ご注意!オリ主の登場する二次創作の小説等を置いています。

第1章③_ver.男性主人公

第5節

 謁見の予約を終えたミッシェルは、街の掲示板の前にいた。正式な謁見の日時は今日の夕方には決まるだろう。それまでは街の情報収集に時間を費やそう。昼食もまだだ。
 掲示板には、魔獣討伐の依頼書から仕立て屋の求人、栄養ドリンクの宣伝まで節操なく貼られているが、よそ者が街の全体の現況を把握するにはこの上もないツールだ。なので、掲示板の前で貼られた記事を読んでいるのは、彼だけではない。商人や冒険者等、街の情報が欲しい者達で掲示板の前は常に人が絶えなかった。
 「…今日はココナッツミルクの特売日か…。…ん?」
ふと、ミッシェルの視線の隅で何かが地面に転がった。
 それは、2匹の猫の手乗りサイズのぬいぐるみだった。赤マントを着けた焦茶色の猫と緑マントを着けた薄灰色の猫。よく見ると2匹の後頭部からは紐が出ており、それが1つの大きな輪に繋がり、その輪からも紐が出ている。お手製のストラップのようだ。ミッシェルはそれを見て目を見張った。
 猫のストラップから視線を上げると、ミッシェルの隣に10代半ばの細身の少年が佇んでいた。少年は、ウェーブがかり肩の辺りまで伸びた、白に限りなく近い金髪をしていた。鮮やかな紫色の外套を羽織り、木の杖を持ち、肩から帆布製の鞄を掛けている。服装からして、魔獣討伐等を生業にしている者だろう。周りの冒険者と比べ軽装で荷物も少ないのは地元民だからか…。
 少年はストラップを落とした事に気付いていないらしく、掲示板に目を通している――と、めぼしい仕事がなかったのか歩き出した。
 ミッシェルは急いでストラップを拾い上げ、少年に声を掛けた。
「あの…!ちょっと、君!?」
「はい?」
少年は振り返った。睫毛が長く目のぱっちりした可愛らしい顔立ちは、一見少女にも見えたが、声は既に変声期を終えていた。
「これ、君のですか?」ミッシェルはストラップを少年に見せた。
「あっ、すみません!ありがとうございます。」礼を述べ、少年はミッシェルに駆け寄り、彼の手からストラップを受け取った。良かった…ミッシェルは思った。
「(折角だから彼に聞こうかな?)…君は地元の方ですか?」
「えぇ、…と言っても家はボルトですけど。…お兄さんは?旅の人?」
「はい。ミッシェルと言います。」
「僕はノアベルトです。お会い出来た事を嬉しく思います。」そう言ってノアベルトは愛想の良い笑顔を向け、握手を求める。ミッシェルは空いている方の手を差し出し握手に応じる――と、その時、ドンッと彼の背中に誰かがぶつかって来た。
「…すみません。」
黒いフードを目深に被った若い男だった。
「いえいえこちらこそ…」ミッシェルが言い終わる前に男は彼から離れて行った。
「…なんか、ここ混んで来ましたね…。そうだ、お昼ご飯はお済みですか?」
アベルトがミッシェルに尋ねた。
「いいえ、まだ…」
「ちょうど良かった!僕もなんです!宜しければご一緒しませんか?美味しい地元料理をお教えしますよ?」
「それは…助かります。」ミッシェルは人の良い穏やかな笑顔をノアベルトに向けた。

 上手くいったようだ…青年は、弟と男の様子を背中で確認しながらほくそ笑んだ。彼の肩掛け鞄の中にはたった今男の鞄から抜き取った物が入っていた。
 そのまま歩いていると、目の前に2人の人物が現れた。フードを目深に被っている為2人の胸元より下しか確認出来ないが、1人は腰に片手を当て、もう1人は両腕を組んでおり、彼等は青年の行く手を阻んでいるようにも思えた。
 青年は訝しげながらも歩を緩めない。だが、このままではぶつかってしまう――そう思われた時、
「アヴィンさん、マイルさん。」
後ろから先程の人の良さそうな男の声が聞こえた。
「彼がお店を紹介してくれるそうですよ。」
その声に応じ、2人組は、青年に道を空けるように蛇行し、青年は2人の間をすり抜ける形になった。2人の人物は、そのまま何事もなかったかのなかのように声の主の方に歩いて行く。
「(…偶然、だよな?)」そう自分に言い聞かせ、青年は足早にその場を去った。

 青年は町の西門を出ると、そのまま湖畔の墓地に向かった。
 アンデラの墓地は四方が外壁に囲まれており、その内側に沿う回廊の壁一面には巨人タナトーシスと大蛇サーペントとの戦いを描いたレリーフが刻まれていた。観光スポットになっても良いものだが、墓地と言う場所の役割上、歴史や美術に興味のある者を除き、地元民でもない観光客がここに足を踏み入れる事は殆どない。
 青年は墓地に備えてある石の長椅子に座り、フードを脱いだ。ダークブラウンの癖のある髪に琥珀色の瞳――17歳のローベルト・ゲッペウスは、鞄から戦利品を取り出し、内容を確認する。
 それは、一冊の本だった。インクの匂いがする。印刷されてからそう日数が経っていない本の匂いだ。
 『エル・フィルディン魔法体系と原始の相違――(著)ミッシェル・ド・ラップ・ヘブン』
“魔法”と言う単語を見てローベルトは満足そうに微笑んだ。
「…。…と、急がないとな!」彼は鞄から、今度は使い古した自分のノートとペンを取り出した。

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序章・第1章をまとめて読む→
#1 春告の求道者 序章〜第1章_ver.男性主人公 | 春告の求道者_ver.男性主人公 - アメンボ - pixiv