アメンボの倉庫

!ご注意!オリ主の登場する二次創作の小説等を置いています。

序章⑨_ver.男性主人公

第5節

 「随分と近くに落ちましたね。」
静寂は男の声で破られた。同時にブリットは我に返る。「いやはや、驚きました。」男は彼に同意を求めるように笑い掛けると、再びルドルフ王に視線を戻した。
「私は、ローベルト・ゲッペウス。旅の魔術士でございます。本日は拝謁賜り、誠、光栄の極みです。」男は再度恭しく頭を下げた。
「専門はカンドか?チャッペルか?」
「…チャッペルでございます。」
「そうか…。」
ルドルフは、相手に関心があるかのように振る舞った――目の前の相手への礼儀と労いの気持ちから来る上位者である王族特有の社交辞令からである事は明らかだった。
ブリットは男の方を盗み見る。今の所怪しい動きはない。
「――して、ローベルト・ゲッペウス、私に確認したい事とは何だ?」
「はい、“ラウアールの波”について――。」
その言葉にルドルフの眉間がぴくりと反応した。
「――その件については、私よりオルドスの神官に確認した方が良いだろうな。
 魔術士なら既に知っているとは思うが、あれは特殊な気象条件で起こる自然現象と判明した。伝承にあるような世界に終焉をもたらすようなものではない。
 まぁ、あれを見て、世界に終わりが来たと考えた古代の人々の気持ちも解らないではないがね。
 調査は引き続きオルドスに依頼している。最新の情報が欲しいのならオルドスに行ってみなさい。」
ラウアールの波については、オルドスとの取り決めが存在し、ルドルフであってもそうやすやすと部外者に語れない。特に素性の知れぬ者には――。
「陛下がご存知の事だけで良いのです。」
男は引かなかった。口元には微笑みを浮かべている。ブリットにはそれが挑発に思えた。
“追い出しましょうか?”と、ブリットは王に目配せを送った。しかし、ルドルフは右手の人差し指で肘掛をトントンと叩いた。“大丈夫。心配するな。”の合図だ。
 だが、男の質問は、2人が拍子抜けする程、取るに足らないものばかりだった。
 「人々の健康への影響は?」「ない。」「自然環境への影響は?」「ない。」「ガルガの移動との関連性は?」「ない。」「何故波は消えた?」「波は蜃気楼のようなもので、出現条件が崩れてしまった為。」「波の出現条件とは?」「天候、温度、湿度、風量等と関連性がある。具体的な数値等は現在調査中。」――この程度であれば市井の人々でも答えられる。
 まるで生徒がきちんと台詞を覚えているか、学芸会の演目の前に、最終チェックを行なっている教師のようだ。
「(…まさかな。)」
点された疑念を吹き消すように、ブリットは小さく溜息を吐いた。

 「――では最後に。」
相変わらず薄笑いを浮かべながら男は言った。
「宮廷剣士デュルゼル様は、今どちらに?」
沈黙が広間を支配した。
「…我が剣が、ラウアールの波と、何か関係あるのか?」
「いいえ、何も…。しかし、剣士デュルゼルと言えば少年の憧れ!私は魔術の道を歩みましたが、出身は騎士の国アンビッシュなのです。友も私も少年は皆、彼の英雄譚に夢中でしたよ!なので、もし差し支えないようであれば、お姿だけでも拝見したいと存じましてね。」
「そのような個人的な理由では教えられんな。」
ルドルフは声音こそ変えていないが、男に不信感を抱いたようだ。
「そうですか…。」
王の言葉に男は小さく肩を落とした。
 ブリットは息を飲んだ。
 
――この男、やはり何か知っている。
 俺が最初に感じた警戒心は正しかったのだ!
 俺はコイツを見た時、あの女を思い出した。コイツはあの女――イザベルとどこかで繋がっている!

 「他に何かあるか?」
王は男に言った。
「はい。陛下に、1つお伝えせねばならぬ事がございます。」
「…申してみよ。」
男はブリットの方を見たが、王は自身の近衛隊長に退室を命じなかった。代わりに、その手をローベルトの方にかざし、言いたい事を早く言えと促した。
 仕方がない、とでも言うように男は小さく息を吐くと、膝を曲げ、杖をゆっくり床に置いた。危害を加えるつもりはないと言う魔術士のせめてもの意思表示だ。杖はどこにでも売っている白銀の杖だった。

 ブリットは剣のグリップに手をかける。男はそんなブリットを見つめながらゆっくり玉座に近付く。ブリットは男と対称になるように歩き、2人は王を中心に円を描くようにゆっくり移動する。3人の間に緊張が走る。しかし、ブリットを見つめる男の顔はどこか愉しげだ。彼にはそれが“デュルゼルではないお前に王が守れるのか?”と言われている気がした。

――俺は弱い。デュルゼルにはなれぬ。
だが、世界を救ったのは、小さな村から来た、小さな2人の巡礼者ではなかったか?

 己の力量を弁え、デュルゼルに協力し、虎視眈々と機会を窺い、確実に勝利を収める――彼が20年前に取った行動は正しい。それは誰の目にも明らかだ。しかし、彼の中には痼のような贖罪の想いもまたあった。

――ルドルフ王の失われた20年はもう返って来ない――。

“命が欲しくばそこに突っ立っていろ。20年前と同じように。”
それは彼自身の声だった。

――否!差し違えてでも、絶対に、守ってみせる!

 ブリットは男を強く睨み返した。
 
 そして男は、広間の扉を背にして玉座の右側、ブリットは左側に――剣のグリップを握った状態で立った。
「…。」
 男はブリットから視線を外すと、ゆっくり跪き、玉座に座る王の左耳に自分の口と左手を寄せ、何かをそっと囁いた。
「………。」

 「…!」
王はハッとすると、男を凝視しながら立ち上がった。男は数歩後ろに下がり床にひれ伏す、ブリットは剣を抜き、男に詰め寄ろうと踏み込む、王は片手でそれを制す――全てが一瞬の出来事だった。
「……。」
 遠ざかる春雷の唸り声と、風が窓を叩く音、ブリットのフーッフーッと言う戦闘態勢に入った兵士特有の荒い息遣いが、室内の静寂さを逆に物語っていた。

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序章・第1章をまとめて読む→
#1 春告の求道者 序章〜第1章_ver.男性主人公 | 春告の求道者_ver.男性主人公 - アメンボ - pixiv