アメンボの倉庫

!ご注意!オリ主の登場する二次創作の小説等を置いています。

序章①_ver.男性主人公

序章

 

 「故郷を離れたのは、十五になる少し前でした。
 それまでは、兄とボルトで暮らしておりました。
 
 当時はまだ、魔法を扱う者に対する偏見も強くあり、魔術士の遺児である私達兄弟もまた、周囲から孤立した存在でした。周囲からの援助をあまり期待出来ない私達の暮らしは大変貧しく厳しいものでしたが、苦い思い出ばかりではございません。
 本当の幸せは、人と比較出来ないものなのだと私は思うのです。それは他の方からすれば何の変哲もない、あるいは邪魔とすら思える、道端の小石に過ぎぬやもしれません。しかし私にとっては、誰にも譲る事の出来ない、紛れもないただ一つの宝玉なのです。
 
 もちろん、子供だけの暮らしを心細く感じる日は沢山ございました。特に春の嵐の夜などは――。
 闇の中、梁や柱の軋む音を聞きながら、このまま家が壊れ、兄と私は空高く飛ばされ、ばらばらになってしまうのではないかと…。幼かった私は、2人が離れ離れにならぬよう、兄にしがみついて眠ったものです。
 しかし、その反対に、嵐の過ぎ去った次の日の朝は大好きでした。何せ浜辺は宝物で溢れ返っておりましたから。 指輪にネックレス、懐中時計、くまのぬいぐるみ…誤って落としてしまったのか、故意に捨てたのか――。
 
 春の嵐が、海に沈んだ人々の記憶 (思い出) を再び地上に引き戻すのです。

 私達は台車を――それは酒場で酔いつぶれた父を運ぶ為に兄と私が作った物で、大人1人が横になれる板戸に4枚の車輪と板を引っ張る為の縄を付けただけの簡単な物でした。――それを引っ張り意気揚々と、これから宝島に上陸する海賊…。
 …。
 …海賊になった気分で浜辺へ向かいました。

 浜辺で拾った物は道具屋に売るのですが、ちゃんとお金に換えられる物を拾う兄の横で、私は色付きの瓶や変わった形の流木ばかり拾っては台車に運んでおりました。
 しかし、一度だけ、瓶や流木でない物を兄より先に見つけた事がございます。
 あれは、一番初めの――父と母を亡くした年の、翌年の春でした。

 波に流されぬよう、漁師達が前日の内に浜辺に避難させていた漁船と漁船の間に、その男は身を隠し蹲っておりました。
 服は昨夜嵐などなかったかのように乾いておりましたが、彼は身体のあちこちに殴られたり、刃物で切り付けられたような深い傷があり、肩で息をし、とても苦しそうにしておりました。しかし、彼はそれでも私と目を合わす事を避けているようでした。私には彼が“あっちに行け”と言っているような気さえしました。それは怯えや不信からではない――今思うと、彼は小さな子供を危険な状況に巻き込みたくないと考えていたのでしょう。しかし、そんな彼の気遣いは、異様な光景を前に、身動きが取れなくなってしまった私に台無しにされてしまったのです。
 
 弟の様子がおかしい事に気付いた兄が駆け寄って来て、私の視線の先に気付き、事態を飲み込むと、少し歩けるかと、男に声を掛けました。そして次に、彼を台車で運ぶのを手伝って欲しいと私に言い付けました。
 兄の声で、ようやく我に返った私は、彼をどこに運ぶのかと、兄に尋ねました。兄は、自分達の家だと答えしました。
 彼を助けるにしても大人達を呼ぶとか町長さんのお家に運ぶとか、方法は色々あった筈です。自分達から厄介事に首を突っ込む――当時の私達は、そのような事を避けておりました。特に兄は私を守る為に。これは力の無い者がこの世で生き残る上での鉄則でした。なので今回もまた、お前は何も見なかった、忘れろと、罪悪感の蓋を閉め、私の手を引いてくれると――お恥ずかしながら私は、そうなる事を期待しておりました。
 しかし、結局、兄と私は、彼を自分達の家に運び、自分達で介抱する道を選びました。
 この選択が――そして、この名も知らぬ旅人との出会いが、私の魔法の始まりです。
 
 そう、春の嵐は、過去と、新たな時代を運んでくるのです。」


第1節

 「謁見者、入れ!」
近衛隊長ブリットの声が謁見室の広間に響き渡り、扉が重々しい音を立てて開かれた。
 現れたのは、紺色のローブを身に纏ったずぶ濡れの男だった。顔はフードを被っている為よく見えない。男の服やフードの下から除く少し暗めの茶色の髪から雨の雫が滴り落ちる。男はそのままゆっくり玉座に近付いて来る。窓の外では春雷がゴロゴロと、獲物に飛びかかる前の猛獣のように唸り声を上げていた。
 やがて男は玉座に座るルドルフ王の前でフードを外し、恭しく跪いた。
「このような出で立ちで誠に申し訳ございません。陛下に急ぎ確認したい儀があり、嵐の中を馳せ参じた次第でございます。」
「――大儀であった。楽にせよ。」
ルドルフの言葉に男はゆっくり立ち上がり顔を上げた。ブリットははっと息を呑み、そして身構えた。文字通り水を滴らせたその男の顔は、彫刻のように整っており、それが逆に人に化けた魔物のように思えた。まるで、あの魔女の――次の瞬間、空が光り、轟音が響く。一瞬の閃光の中、男の琥珀色の瞳が金色に光って見えた。

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序章・第1章をまとめて読む→
#1 春告の求道者 序章〜第1章_ver.男性主人公 | 春告の求道者_ver.男性主人公 - アメンボ - pixiv