アメンボの倉庫

!ご注意!オリ主の登場する二次創作の小説等を置いています。

序章②_ver.女性主人公

第2節

 春の嵐は赤子の産声だ。前世でもう生まれまいと、あれ程誓ったにもかかわらず、また人の子として生まれてしまった事を後悔し、新たな贖罪を背負ってしまう事を嘆く、人間の産声だ。

 ラウアールの波から3カ月、世界は何事もなかったかのように動いている。もっとも、ティラスイールの人々の多くは、世界が危機に瀕していたなど知る由もなく。また、事件後も混乱を招くと言う理由から、ラウアールの波はある気象条件が重なった結果起きた自然現象との結論を、表向きフォルティア王国の依頼で調査を行っていたオルドスが発表した。このオルドスの発表した結論が、後十数年の通説となる。真実―――世界は、2人の小さな巡礼者と異界の娘の清らかな魂によって救われた事を知る者が、まだ数える程しかいなかった頃、ある時化の日、ドルフェスの港に一隻の大型船が停泊した。
 この大型船は990年代のティラスイールで一般的に見られた帆船やガレー船と異なった形状をしていた。大型船は、魔女の海について調査を行っていたオルドスの研究チームを乗せたメナート船籍の船で、悪天候の為、急遽ドルフェスに入港したとのことだったが、乗組員の身分証明に時間がかかった。船長曰く、身分証明等の貴重品は通常全員分を決まった金庫に保管する決まりであり、その金庫の鍵は船長室の壁に掛けてある。しかし、ドルフェスに到着する前に船が波で大きく揺れ、壁に掛けてあった鍵を失くしてしまった。ついでに室内もめちゃくちゃになってしまい、金庫も失くしてしまった。しかし、オルドスの依頼書なら手元にある。自分達の身分証明なら部屋を片付け、鍵と金庫を探すより、この書類の写しを持ってオルドスに問い合わせた方が早い、と言う。疑うなと言う方が無理な話である。
「私達は、オルドスの確認が取れるまで逃げません。どうか信じてください。」
深々と頭を下げる船長の横で、
「…待ってる間、町で食料を買い足しする事は可能ですか?
 …不可能?食料の買い足しだぞ!?フォルティアは我々に船の中で餓死しろと言うのか!?国際問題になr…え?本当に必要なら買って来てくれる?…新鮮な卵と牛乳が欲しいんだけど…。
 …なぁんだ!お兄さん親切じゃない!あぁ良かった~!オイラ…私の中で問題は全て解決しました。貴国の法に従います。…船室の片付け?
 …。ゴホッゴホッ…すみません。私、大魔導師なので魔法は得意なのですが、如何せん子供の頃から身体が弱くて…ペンとスプーンしか持った事のない人生です。」
背中に戦斧を担いだ魔法戦士風の男は言った。
 身分証明書の提示を求めるフォルティア兵と、依頼書の写しを持ってオルドスに確認しろと言う乗員達の間で押し問答が暫く続いたが、結局、たまたまルード城に滞在していたオルドスの神官がドルフェスに赴き、乗員全ての身分を保証した事で、ドルフェスを騒がしたこの珍事はあっけなく幕を下ろした。船は天候が回復した翌々日にはドルフェスを出港した。
 
 船が停泊していた日付と重なるように、奇妙な3人組が英雄デュルゼルの元を訪れた。その3人について、ルドルフ王に確認したい儀があり、デュルゼルは今、ルード城の謁見室にて膝を突き、王を待つ。船が出港してから2日後、この日もまた風が強く、朝から雨が降ったり止んだりを繰り返していた。
 やがて、ブリットを従え、ルドルフ王が玉座の前に立つ気配をデュルゼルは感じた。
「デュルゼル…。楽にせよ。」
「…はっ。」
顔を上げたデュルゼルは目の前の光景に目を見張った。

 イザベルを倒し、事件は解決したかに思われた。元々ルドルフ王は病弱ではあったが、求心力があり、優秀な王だった。異界の魔女に目を付けられる程に――。事件後、彼は執務を完璧にこなし、国力や諸外国の関係回復に力を入れた。その努力は僅か数ヶ月で既に芽が出て来ていた一方で、ルドルフは食欲がなく、また夜もあまり眠れていない様子だった。家臣達の心配をよそに、王の体は日に日に萎んでいった。
 皮肉な事に、王はイザベルの精神支配下に置かれていた頃の方が身体的には健康だった。あの魔女がどのような術を施したかは不明だが、精神支配が解かれた直後、王を診察した侍医によると、内蔵機能や筋肉は衰えておらず、全く問題ないとの事だった。現に王は波の消滅後、あの2人と握手を交わしている。それどころか、彼の生来の虚弱体質の原因と思われていた慢性的な肺の疾患もきれいに消えていたと言う。
 王は自ら死へ歩み寄っている――。術の後遺症と言う者もいたが、ルドルフと言う人間を知る者達は皆確信していた。
 事件以降、デュルゼルは後進の育成に力を注ぎ、城への足は遠のいていたが、半月に一度は謁見を求め、王の近況を目の当たりにしては心を痛めていた。前回の謁見は10日程前で、その時の王は顔色も悪く、頬は痩せこけ、目の下にははっきりとくまがあった。しかし――。

 「陛下…。」
思わず声が漏れた。今、目の前にいる王は、前回よりも生気が戻っていたからだ。
 まだ頬の骨は目立っていたし、常人には目の下のくまが少し薄くなった程度にしか感じられないかもしれない。しかし、戦場で数多の生と死の取引を経験したデュルゼルは、王の瞳に生きる意志がしかと宿っている事を瞬時に読み取った。
「今回は少し早いな。息災か?」
ルドルフは、快活な笑みをデュルゼルに向けた。デュルゼルは慌てて畏まり短く返事をした。
「お前が来た理由は判っている。――シャルロッテ・ゲッペウスの件だろう。」
「……はい。」
 シャルロッテ・ゲッペウス――あの女は、確かにそう名乗った。
 春の風が強く謁見室の窓を叩いた。
「あの者に、お前の居場所を教えたのは私だ。」
「…本人も、そう申しておりました。」

続き→序章③_ver.女性主人公 - アメンボの倉庫

序章・第1章をまとめて読む→
#1 春告の求道者 序章〜第1章_ver.女性主人公 | 春告の求道者_ver.女性主人公 - アメンボ - pixiv